カテゴリ:母( 13 )

山に向かって叫ぶ祖母

或る日、朝起きてみると、祖母がいなくなっていた。
母が とても心配していると、夕方になって帰って来た。

何処に行っていたのか、聞いてみると
向こうの畑で、山に向かって座り、朝から夕方まで
「お父さんよ、兄さんよ、小夜よ、明よ!早く帰って来い!」
と声の限りに、叫んでいたという。

それから祖母は
「私 今日から肉でも何でも食べて元気になって
お母さんの力になる。」と言った。

「肉は穢れていて汚い。」と言って、鍋もかしてくれなかった祖母は、
うさぎの肉、牛の肉、鶏肉と手に入る肉は、それから何でも食べた。

ソ連上陸により、私達四人が何処にいるか分からなくなり
精神的に極限に達した祖母は、山に向かって叫んだのである。

聖書に
「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。
 私の助けは、天地を造られた主から来る。」
とある。
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by sayo_71 | 2007-02-14 19:35 |

倉庫の開放

結局、母は元住んでいた家に、祖母と子供4人を連れて帰った。

皆で避難する時に、生きた動物を放して行ったので
うさぎ にわとりが草原で草を食べていた。

街の中の炭鉱の倉庫が開放され、
中のものが皆に分け与えられた。

母達が行った時には外米しかなく、
それでもその外米を六表貰って、床下に隠しておいたと言う。
家族が多いからである。

三十八才の母 強しと思う。
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by sayo_71 | 2007-01-10 20:32 |

幌岸の番屋

幌岸まで辿り着いたら、日が暮れた。
灯りのついた家に行き、泊まらせて貰うことにした。

又、先日の家のように、
その家の人も お膳に食事を並べてくれ、
 
「さあ、疲れたでしょう。食べなさい。」と言ってくれた。

母は又
「どうして見ず知らずの私達に、この様に親切にしてくれるのですか。」と聞くと
同じ様に
「こうなったら、皆同じです。死なば諸共です。」
と言ったという。

その時も、神はその人達を通して、救って下さったと信じる。

魚場の番屋の人達は、当時はあのサマリヤ人のように見下されていたのである。
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by sayo_71 | 2006-12-12 20:14 |

番屋の人々

倉庫を後にし、再び歩き続ける。
夕暮れになったところで、灯りがともった家を見つけた。

その家に行き、わけを話したら
「泊まって行きなさい。」とのことで、一同は泊めて貰うことにした。

その家の人達は、白い米の御飯に鮭、味噌汁、漬物と夕食を作り、
「さあ、いっぱい食べて寝なさい。」と言ってくれた。

久しぶりのご馳走に、お腹いっぱいになった母は
「何で こんな見ず知らずの者に、こんなに親切にしてくれるんですか。」
と聞いた。
すると、その家の御主人は
「戦争に負けたので、どうなるかわかりません。
死なば諸共です。」と言ったという。

情け深い人に巡り合い、助けられたのである。

次の朝、母はお礼を言って発った。
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by sayo_71 | 2006-12-11 22:05 |

倉庫に泊まる

敵機を避けながら、山の中を さ迷っているうちに、
完全に迷ったら、命を落としてしまうことに母は気がついた。

人家に出なければと思い、谷間の小川を見て、
水の下っていく方向に 自分達も下って行ったと言う。

下って行くと倉庫があった。夜になったので、そこに泊まることにした。

着の身着のままで、疲れはてていた一家は、泥のように眠った。
母は、生まれて3ヶ月の赤ん坊が、つぶされてはならないと
倉庫に置いてあった縄の上に、寝かせたと言う。

母の冷静な行動が、子供達を救ったのである。

今でも私は、迷ったら 川の水の下っていく方向に下ると
救われると思っている。
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by sayo_71 | 2006-11-20 20:11 |

仲間との別れ

ソ連機が来て、赤ん坊が泣く。弾が飛び、皆 伏せる。

人の心もだんだんとすさんでいき、一緒に逃げていた村の人達から
母達 七人家族も良い顔をされなくなってきた。
こういう時に、人の心というものが現れるのである。

冷静な母は、周りの状況をすぐさっして、皆と別行動を取る決意をした。
村の人達にお別れをし、七人で山の中をさ迷う。

良く あの山の中を、弾を避け歩いたものだ。
母は後に、「子供達が可愛かったからさ。」と高らかに笑った。
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by sayo_71 | 2006-11-17 14:22 |

山の中での空襲

山の中をさ迷い歩く中、ソ連軍の飛行機が来て、機関銃を撃つ。
母の命令で、皆 伏せる。

母は耳の遠い祖母を一番側にし、肩を叩いて伏せる合図を送る
ことにした。

飛行機が去ると、妹達は母の生存をまず確かめた。
母が死ねば、自分達も祖母と死なねばならないのだから。
飛行機よりも祖母が身につけている鎌の方が恐ろしかったようだ。

飛行機が来て、また機関銃を撃つ。
妹が背負っている赤ん坊が泣く。
「お母さん、赤ちゃんが泣くよ!」と妹が叫ぶと、
「泣いてもいいから、伏せなさい。」と母が言う。

朝露の中を逃げ歩くので、衣服はびっしょりと濡れた。
日が当たると、その衣服を脱いで干した。

そのうち 黒フレップが自生している山に出、
お腹いっぱい フレップの実を食べる事が出来た。
食べ終わったら、弁当箱に実を摘んで詰めることを
母は妹達に教え 食料にした。

こうして 弾を避け 幼子と祖母を守った母だったが、
後になって
「あの時は、レストランに行ったようだったよ。」と
笑っていた。
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by sayo_71 | 2006-11-12 18:58 |

覚悟

母は当時38歳であった。私のすぐ下の妹は5月に生まれたばかりの妹を背負い、
2番目と3番目の妹達は食料を背負った。
4番目の妹は5歳で身体が弱かったため、母が荷の上に乗せて背負った。
祖母は母が万が一、弾に撃たれて死んだら
自分も残された子供達と共に自決するつもりだったという。
すごい覚悟である。
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by sayo_71 | 2006-11-10 12:20 |

再びの別れ

母達が隠れていたムロに、たどりついた長男(私の兄)と春光さんとの
再会の時は短かった。

長男(私の兄)は郵便局員だっため、先に村人達を逃がした後も村に残ることに決めた。
郵便配達員の春光さんも長男と一緒に、村に残ることにした。

母と祖母は幼子を連れ、まだ村に残っていた体の弱い人や老人達と山奥に
逃げることにした。
長男と春光さんと母は、グスベリの根元に埋めておいたフレップ酒を掘り起こし
それで別れの杯をしたのだという。あの時は気が張り別れたのだと思うが
長男と「永遠の別れ」をした母は、どんな気持ちだったのだろう。
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by sayo_71 | 2006-11-03 21:24 |

フレップの実

フレップはサハリンの山に自生している低木である。
ツツジのような木で、白い花をつけ、ブルーベリーのような
実をつける。収穫時期は八月中旬から下旬にかけて。
味もブルーベリーに良く似ているが、ブルーベリーと違って
フレップは上を向いて実をつける。
その実を口に含むと、口の周りが真っ黒になった。
山歩きをする者達は、ぶどう酒を造るように、フレップの実を摘んで
フレップ酒を造った。味はぶどう酒のように甘酸っぱかった。

北海道に来てから、フレップの木を探してみたが、
見たことは無い。ハスカップが少し似ているようだ。
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by sayo_71 | 2006-10-25 15:16 |